16:狂気と慈愛と

 

秋羅と美月の言葉で、その生き物と距離を置こうとする四人。

しかし、距離が一番近かった健一朗は、あまり距離が縮められず、

それを察知したその生き物は健一朗に向かって飛び掛ってきた。

 

バッ!

 

健一朗に、ものすごい勢いで突進してくる敵の生き物。

サイズが小さいということもあって、とてもすばやい動きで攻撃を繰り出してくる。

一方、敵のすばやい動きに対して、石を取り出す時間も、

イメージする時間もなかった健一朗は、受身の姿勢をとることしかできない。

 

ヒュン!

 

秋羅がそれを見兼ねて、敵に攻撃を加える。

秋羅の攻撃は見事命中し、敵は自分が出てきた草むらの手前まで飛ばされた。

それを機に健一朗は体勢を立て直し、敵とも十分に距離を置く。

 

「あれは、アニマのホワイトラビだ。本来は、小さくて草食のただの愛らしい生き物なんだが、

凶暴化してからは、すばやい動きと鋭い爪が厄介な生き物として危険視されてるんだ。」

秋羅は、ホワイトラビが倒れている間に早口で説明する。

「アニマ??なんなの?それ!」

こんな状況でも自然と質問をしてしまう瞳。

「アニマっつーのは、凶暴化した動物のことだ!

言い忘れたが、最近では、ホワイトラビは、爪から神経系に影響を与える

毒が出ていることも確認されている。注意しろよ。」

”毒”という言葉に顔を強張らせる四人。

「じゃあ、あの爪で引っかかれたら、最後ってわけね。」

由衣がホワイトラビの方に視線を向けながら言葉を漏らした。

「そうだ。毒を治療する薬や草は、まだ一般では扱われていないからな。」

 

そうこうしている間に、ホワイトラビが起き上がり、

こちらを身構えて、「ウウウゥゥゥ」と、低いうなり声を上げる。

 

「まずい!また突進してくるぞ。みんな構えろ!」

秋羅の掛け声で石を取り出し、一同構えの体制をとる。

攻撃を加えようと、集中し始める秋羅、由衣、海月、瞳の四人。

しかし、そんな四人に、健一朗と杏が同時に意外な言葉を口にした。

 

「僕に任せてください。」

「私に任せてください。」

 

二人の言葉で、四人は集中するのをやめ、驚いた表情で二人の方をみる。

「ちょっと!今はそんなこと言ってる場合じゃあ・・・。」

瞳が二人の発言に抗議しようとするが、

杏も、健一朗も、すでにその言葉には耳を傾けずに、力を使うため集中し始める。

 

一方ホワイトラビはその隙に、再び攻撃をしようと、飛び掛かる姿勢をとる。

危ない!と四人が思った瞬間だった。

 

ズン!

 

ホワイトラビは飛び掛ってこなかった。いや、飛び掛ってこれなかった。

健一朗が、ある場所にかかる重力を何倍かにする技を繰り出したため、

ホワイトラビの体は地面にへばりつき、身動きが取れない状態になったのだ。

そして次の瞬間・・・

 

パキパキパキ・・・

 

ホワイトラビが、球状の透明な結界で覆われていく。

これは杏がかけた技だった。この技のおかげで、ホワイトラビは、例え何倍もの重力の負荷が解けたとしても、

結界が邪魔をして、こちらに攻撃を加えることはできない状態になった。

 

「すごい・・・・。」

最初は不安そうな様子だった四人も、ここまで完璧な連携を見せつけられると、

ただ驚き、言葉を失うばかりであった。

 

杏が技を繰り出し終わったことを確認すると、健一朗が重力をかける技を解いた。

重力から開放されたホワイトラビが、バタバタと暴れ始めるが、結界の中に閉じ込められているため、成す術もない。

そして、健一朗がもう一度集中し始める。今度はさっきとは別の技を繰り出すようだ。

両手をホワイトラビの方向に向け、目をかっと見開いた瞬間・・・

 

ドォォ!!!

 

杏の結界と、その中のホワイトラビがサッカーボールのようにポーンと宙を舞い、

遠く彼方へと飛んでいってしまった。

「今度は重力をなくす技か・・・。」

秋羅が感心したような口振りで言葉を発する。

全てが終わり、杏と健一朗は静かに見守っていた四人のほうを向き、にこっと笑う。

 

「すごいわ!」

「すごいじゃない!!」

由衣も、そしてさっきは怒っていた瞳も、感嘆の言葉を述べるしかなかった。

「実は、技を練習している間に思いついた連携なんです。」

杏が照れくさそうに、にこっとはにかんで答える。

「もし戦いたくない相手と遭遇したら、って時に使えるかなと思って、二人でちょっと練習したんだ。

元は凶暴じゃない生き物なんだから、怪我させちゃうのはかわいそうだと思って。」

健一朗も、うまくいってほっとしている様子だ。

「あれなら、健一朗くんの技で押さえている間に、杏さんの技が確実にかかるし、

飛ばした後も、杏さんの技のおかげで、相手が怪我をしないってわけだね。」

「まあ、技の使いはじめにしては上出来な連携だな。」

美月も秋羅も二人を褒め称える。

 

「でもな、ホワイトラビは小さかったからいいが、この先体の大きな敵や、より凶暴敵に出会ったら、

相手を傷付ける事も考えなくちゃ駄目だぞ。こっちがやられたら、もとも子もないからな。」

秋羅が一応という感じで釘を刺す。

「そうだね。厳しい言い方をするようだけど、ホワイトラビは、爪に毒を持っているという点を除けば、

そんなに手強い相手でもないからね。」

美月も秋羅と同意見のようだ。

四人ともその厳しい現実に、無言で首を縦に振る。

頭の中ではわかっていても、いざ、そういう場になったら、自分は相手を傷付けることができるのか。

皆それぞれ、自問自答しているようだった。

 

「でもまあ、なるべくなら傷付けたくはないんだがな。」

そんな四人を見兼ねて、雰囲気的にまずいと思ったのか、秋羅は苦笑いをしつつ言葉を口にした。

その配慮がなんだか可笑しくて、美月が「フフッ」と、小笑いを漏らす。

「あー!!美月!今笑ったろ!俺なんかおかしなこといったか??」

秋羅が不服そうな顔で美月に詰め寄る。

「いいや、何も。」

美月はわざとらしく知らん顔をすると、再び笑いを漏らす。

そんなやり取りを見て、由衣たち四人も可笑しくて笑い出す。

「・・・・もういい!!先へ進むぞ!!まだ先は長いんだからな!」

秋羅は五人に笑われ、恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつ、

一人、ずんずんと先にへ歩いて行ってしまった。

「あ、ちょっと待てって!!」

美月たち五人はそんな秋羅を慌てて追いかける。

 

そして、五人はレンの森のさらに奥深くへと進んでいくのであった。

 

 

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